迷えるアトピーたちよ
よくぞここまでたどり着いたのぅ。
ようこそ、さぁさぁ、
このブログに辿りついたということは、
うんうん、そうか。
よろしい、それ
きっとお主の決断の助けになるはずじゃ。
もう20年以上前、まだアトピー仙人になる前のワシは、
迷えるアトピーよ、ワシの話を聞きたくなったか?
うんうん、
今日は日も沈み遅いから、明日から話をしようかのぅ。
今日は泊まって行きなさい。
どうじゃ、よく眠れたか?
だいぶ疲れが溜まっているようじゃのぅ。
アトピーの悩みというのは、辛いものじゃからのぅ。
ワシも同じじゃ。なったものにしか分からない辛さじゃな。
では、本題に入るとしよう。
それは遠い遠い昔の話じゃ。
ワシは生まれついてのアトピーじゃった。
物心がついた時から痒みに悩まされておったんじゃ。
両親は、ワシを色々な病院に連れて行ったのぅ。
東にアトピーが治るという病院があれば出かけて行き、西にアトピーが良くなるといった病院があれば訪ねに行ったんじゃ。
それだけじゃない、アトピーに効くという商品があれば購入し、色々と試したものじゃ。
今から考えると、それはアトピービジネスと思われるものがたくさん含まれておったのぅ。
しかしながら、たくさんの病院、たくさんの商品を試したが、完治には至らなかったのぅ。
振り返ってみると、アトピービジネスと思われるものにはあまり効果がなかったんじゃ。
ワシら親子はきっと、いいカモじゃったのかもしれん。
でものぉ、もちろん両親には感謝しておる。
子供のことを大事にしてくれる両親じゃった。
ありがたいことじゃ。
うん?それで、どんなことをしたのかって?
そうじゃのぅ。覚えているのじゃと、気を送り込むなんて怪しい治療もしたのぅ。
免疫力を上げるとか何とか言って気を送り込むんじゃが、子供ながらに、さすがにこれは効かんじゃろと思ったもんじゃ。
案の定効かんかったのぅ。
他にも何か覚えておらんが、錠剤やらカプセルやらを通販で取り寄せて、飲んだりしたもんじゃ。
これらも効果があったようには思えんかったが。
アトピーで有名な病院でミイラのように巻かれたこともあったのぅ。
今から考えると、あの独特の白い軟膏は、ステロイドに亜鉛化単軟膏を混ぜたものじゃったと思う。
亜鉛華単軟膏の独特の匂いとベトつきが嫌じゃったが、この病院に通っている時が一番良かった気がするのぉ。
今もアトピーを取り巻く状況、つまりアトピービジネスはそこまで変化しておらんのかもしれん。
アトピーにも効きますなんていうフレーズがあちらこちらの商品に見られるからのぉ。
いい加減なことは書かんでほしいもんじゃな。
「論文にのってます、学会で注目の治療」なんて書いてあっても、実際にはちゃんとした論文雑誌ではなかったり、学会で発表しただけで何の注目も集めていないなんてことは多いのぉ。
ちゃんとした雑誌には審査があるが、審査なく載せられる一部の怪しい雑誌もあるようじゃ。
それに、学会にはお金さえ払えば発表できるからのぉ。
むしろアトピービジネスは巧妙になってたりするのぉ。
なかには「学会推奨」なんて書いていたりするが、書いてある学会がかなり怪しかったりするもんじゃ。
とはいっても、中にはちゃんと検討しているものもあるんじゃろうが、いい加減な奴らが混じるとどれが正しいのか分からなくなるからのぉ。
大迷惑じゃな。
今日はここまでじゃ。続きはまた話をしようかのぉ。
さて、しだいにワシも成長し、そうこうしているうちにステロイドバッシングの時代になったんじゃ。
ステロイドバッシングは知っとるか?
よろしい。
念のため、ステロイドバッシングを説明しよう。
有名なのは92年のニュースステーションの特集じゃな。
ニュースステーションは当時、大人気のニュース番組じゃった。
そこでステロイドによる副作用の特集が放送されたんじゃ。
しかし、その内容は当時の医療レベルからしてもひどいものじゃった。
ステロイド内服の副作用を外用の副作用と勘違いしていたり、ただアトピーがひどいのを副作用だと報じたりしたそうじゃ。
こんな報道が至る所で行われ、ステロイドは悪魔の薬というイメージが広がっていったんじゃ。
今考えるとひどいものじゃ。
冤罪じゃよ。冤罪。
ステロイドは無実なのに罪をなすりつけられたんじゃ。
当時は、今のようにインターネットで情報を得ることができなかった時代じゃし、まだまだ副作用のことが十分に検討されていなかったのかもしれん。
じゃが、それにしてもひどいもんじゃ。
あの当時のひどいニュースを今でも信じとる者がおるそうじゃが、いいかげんに目をさますべきじゃなぁ。
そんなステロイドバッシングの時期に、
当時のワシは、たいしたアトピーの知識はなくて、
「ステロイドは怖いよ」というのは、
そういわれると、
つまり、
まさに、今のお主のような状態、
結局のところ、ワシが脱ステをはじめたのは、
当時は特に情報が乏しかったから、
とはいっても、
のちに、
こうして始まった脱ステじゃった。
ワシの場合はそこまで急激な悪化はしなかったんじゃ。
むしろ、ワシの場合は徐々に悪くなっていったのぉ。
まぁ、
脱ステ後、ワシのアトピーはひどくなったんじゃ。
まぁ、
肘、膝、体、首、
そうなると、人前にも出たくなくなる、
辛い思い出じゃ。
大事な生活を奪っていくんじゃ。
そんな脱ステ期間が2年ほど続いたんじゃが、
なんかおかしいのぉ、
ステロイド不信は病院不信にも繋がっておったから、
「とびひですね」
もしかして「
それから、自分なりに正しい治療とは何なのか調べたんじぁ。
特殊な治療ではなくて、ちゃんとした治療じゃ。
特殊な治療が本当にみんなに効くなら、当たり前のように医者も使いはじめるはずじゃ。
だけど、医者の間で広まらない治療は、所詮その程度の効果しかえられないと思ったんじゃ。
だから、ちゃんとした、ほとんどの医者が普通にする治療をもう一度考えなおしたんじゃ。
ワシの修行のはじまりじゃ。
そして、自然とステロイドを塗る治療に戻っていったんじゃ。
脱ステの時の悪化が嘘のように楽になったのぉ。
本当に楽なんじゃよ。
体も、そして心もじゃ。
心も楽になったから、徐々に社交性も取り戻した気がするのぉ。
そしてワシは悟ったんじゃ、脱ステは心も蝕むと。
そこからしばらくの間は、まあまあの状態が一進一退という感じじゃった。
そうやって、平穏な日々を取り戻したんじゃ。
だが、これだけではないんじゃ。
脱ステの呪縛はとても強かったんじゃ。
呪縛から逃れたと思っていても、実際にはまだまだ影響が残っていたんじゃ。'
ある時、医者に言われたんじゃ「もう少ししっかり塗れば、もっと良くなるんじゃないか」と。
当時は、医者の間でも、ステロイド外用の塗る量が少ないためにイマイチな人が多いのではないか?という考えが出始めて、FTUという塗る量の目安みたいなものが広まってきたんじゃ。
それまでは漠然とした塗る量の目安しかなかったと思うから、これは画期的なことじゃったのかもしれん。
少なくともワシには画期的な出来事じゃった。
ワシは、よし、それなら十分なステロイドの量を塗ってみようと決めんたんじゃ。
それから半年くらいは、十分といわれる量をぬったのぉ。
そして、脱ステから抜けだして、まあまあ良くなっていたワシのアトピーは、さらにどんどん良くなったんじゃ。
それはビックリする結果じゃった。
肘、膝あたりは、どうしても湿疹が残っていたんじゃが、半年後にはステロイドを塗らなくても湿疹がでなくなったんじゃ。
衝撃だったのぉ。
今から思うと、脱ステ経験があると、ステロイドの治療に戻っても、どうしても脱ステの呪縛から逃れられず、塗る量にためらいが出てしまっていたんじゃろう。
脱ステの呪縛は本当に強いからのぉ。
というわけで、今のワシは、
日常生活はもはや、
一番残念なのは、
こればっかりは、
まあ、
ワシは脱ステの日々を後悔しておる。
だから、
じゃから、
残念なことじゃが、ネットをみていると、
じゃが、
そして、
迷えるアトピーたちよ、だいぶ元気が出てきたようじゃなぁ。
ワシの体験なんて生ぬるいかもしれん。
ワシなんかより、もっともっと酷い脱ステ体験をしたものもおるじゃろぅ。
社会からドロップしたり、入院を余儀なくされたり、きっとそういう迷えるアトピーはたくさんいたはずなんじゃ。
そういう者達こそ、声をあげて当時の反省を後世に伝えるべきじゃ。
伝えるものがおらんから、いまだに脱ステで治るなんて勘違いするものが出てくるんじゃ。
ワシと同じように脱ステに後悔したものは、ぜひ、どこかでその体験を語って欲しいのぉ。
ブログに書いたワシの体験談を、医者が脱ステ撲滅のために作った嘘の話と思っておる輩がおるらしい。
まるで陰謀呼ばわりじゃよ。
本当に残念というか、虚しくなるというか……そんな風にしか考えられないとは、寂しいものじゃなぁ。
もし作り話をするなら、カポジになって高熱をだして入院したとか、顔も完治したとか、もっと色々と書きようがあるじゃろう。
そんな話も周りからよく聞くしのぉ。
ワシのように軽い合併症で済んでいる人だけではないからのぉ。
これが本当の最後じゃ。
迷えるアトピーよ、脱ステはやめるべきじゃ。
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